自動車の運転中、事故を起こしてしまった…。事故一つとっても、そこにはさまざまな要因、原因が考えられます。運転ミスや判断の誤りなどドライバー側の問題だけでなく、自動車そのもののトラブル、あるいはそれらの複合的な瑕疵が原因である場合も。
その原因がどこにあるのか、誰にあるのか、事故の判定は簡単なものではなく、保険の適用や民事の賠償、刑事罰に至るまで、責任の所在が判然としなければ、解決までに大変な手間と時間がかかります。このような複雑な事故原因を詳細に分析できる取り組みが、日本でも始まっています。それが「CDR<Crash Data Retrieval:クラッシュデータリトリーバル>」と名付けられた事故データの収集システムです。
最近流行のドライブレコーダーがあれば安心…?
かつては営業車やタクシー、運送トラックなど仕事で使用する車のみに装着されていたドライブレコーダーですが、今では法人・個人に関係なく、安全を守るためのごく一般的なアイテムになりました。普及が加速した背景には、高齢者ドライバーや煽り運転などによる悲痛な交通事故の増加があります。損害保険会社も事故原因を把握するためのツールとして、ドライブレコーダーと合わせた保険商品を設定しているほどです。
ドライブレコーダーの映像は、事故などで不自然な衝撃が加わると、事故前後の一定時間分の映像をデータとして記録・保管してくれるため、PCなどで後々確認することができます。しかし、高速道路を走行中に見通しの良い直線で渋滞に遭遇した時、前走車の減速に合わせてブレーキを踏み、安全な車間を空けて停止したら後続車に追突され、その勢いで前走車に追突してしまった場合はどうでしょうか。
レコーダーの粗い画質では、完全に停止状態だったかどうかをはっきり確認するのが難しく、あなたのブレーキが遅かったため前走車に追突し、後続車はそれに巻き込まれてしまったとか、一旦停止したのに間違えてアクセルを踏んでしまったというような疑いをかけられた時に、明確な結論を出せないこともありえます。
対等の立場に立って話し合いをするには、誰もが共通の理解ができる証拠が必要です。CDRはドライブレコーダーではわからない詳細なデータを記録し、解明するツール。事故の真相を明確にし、状況の判断や責任の所在をはっきりさせることで、事故当事者だけでなく、家族にとっても、大きな助けになるはずです。
自動車に搭載された「フライトレコーダー」が真相を知っている
CDRの検証を支える各種データは、メーカーやカテゴリーに関係なく多彩な自動車に搭載されているEDR(イベントデータレコーダー)によって、収集されます。これは飛行機に搭載されているフライトレコーダーのような装置で、エアバッグや各種安全運転支援装備の作動に必要な各種データを記録するものです。
そのデータにアクセスするために使われるツールがCDR。EDRに保存されているデータは事故などの衝撃が加わると、通常その前5秒分のデータを遡って記憶します。CDRはそのデータを読み出し、各種情報をレポートという形で出力することができるのです。抽出される代表的なパラメーターは車の速度ですが、関連してブレーキを踏んでいるか否か、アクセルペダルの踏み込み具合、エンジンの動作状況までが数値として明らかになります。ステアリングの操舵角もわかるので、ある程度、事故当時のドライバーの運転状況を掴むことができます。
シートベルトやエアバッグ装置などの稼働状態も把握できるこのツールを使えば、追突される前に車がどのような状態であったかを詳細に把握することができます。車速がゼロになるまで、あなたがアクセルペダルから力を抜き、しかもブレーキもしっかり踏んでいる状況まで証明することができるのです。
普及が進む衝突回避自動ブレーキやアダプティブクルーズコントロール、車線逸脱防止システムといったADASの正常な作動状況も、CDRならしっかり読み出せるため、それらの安心装備が期待通りに作動してくれたかどうかを判断するにも役立ちます。
事故のリアルをデータから推理するCDRアナリスト
CDRは、事故を起こした車のEDRに専用の読み取りケーブルを使ってPCに接続し、専用のアプリケーションを介して運転時の各種データを吸い出します。
一連の作業は、専門の講習を受けて資格を取得したCDRアナリストと呼ばれるプロフェッショナルしか行うことができません。収集したデータを解析してデータを数値化、グラフ化したものをもとに、CDRアナリストは事故直前のドライバーの行動や自動車の動きを推測、事故原因を特定……それはさながら、自動車事故の謎を解明する名探偵とも言えるでしょう。
実際に事故が起きると、事故対応を求められた保険会社から直接、あるいは弁護士を通じてCDRアナリストが現場に派遣されデータを収集します。そのデータは持ち帰られ、分析されたのちレポートとしてまとめられたものが保険会社に提出されます。そのレポートが、事故按分を判断するための参考もしくは証拠資料となるのです。
読み取り装置などのハードからそれをデータ化する各種アプリケーション、さらにアナリストの育成に至るまで、CDRのツール化を積極的に推進しているのがドイツの巨大サプライヤー「Bosch(ボッシュ)」です。すでにこのシステムを導入した損害保険会社によると、案件の解決に至る時間が大幅に短縮できた事例も多くあるのだとか。今後は科学警察研究所など、警察組織も導入を検討していると伝えられています。
自動運転車の普及でCDRは重視される
近い未来、自動車自身が運転する、自動運転車が普及されていくといわれています。便利な先進安全装備を搭載した車が万が一交通事故を起こした場合、過失割合を決めるためにCDRが不可欠のものになっていくと考えられます。CDRによって導き出される真実は、各種システムの信頼性や動作の確実性、性能の向上にもつながっていくかもしれません。