交通事故に遭った場合、被害を受けた側は加害者側の任意保険もしくは強制保険を使って賠償を受け取るのが一般的です。過失割合の認定や賠償金の金額交渉は基本的に保険会社と行いますが、時にその判定について疑問を覚えたり不満を感じたりすることもあります。そんな時に活用したいのが今回紹介する「ADR」です。
事故に遭遇した際は、被害者も自分の保険を使えば問題はないだろう…一般的にはそう思われています。交通事故に関する任意の自動車保険に入っていれば、相手(もっぱら加害者が入っている保険会社や共済組合)との示談交渉を代行してくれますが、それは自分の側にも事故につながる原因があることを認め、過失割合を負担することが前提です。
問題は、被害者が純然たる「被害」を被った場合。被害者側の責任がゼロと考えられると、任意保険会社は示談交渉を代行してくれないため、被害者は自ら直接、相手方(保険会社)との交渉に臨まなければなりません。しかし相手は法律や事故処理のプロです。時には不利な条件を提示されても、素人であり知識も経験もない被害者側は、その内容を理解できないために納得してしまうこともありうるでしょう。
とくに昨今、増加している高齢者ドライバーにとっては、被害者になった時の対応が非常に難しくなる可能性があります。交通事故の賠償に関する知識を持たず、示談や和解といったプロセスに馴染みがない人は、適切な交渉を通して妥当な賠償額を得ることが難しくなるリスクがあるのです。
もし、高齢の両親がそうしたトラブルに巻き込まれてしまったら、家族もまた交渉ごとに関わらざるを得ない可能性もあるでしょう。それは本人にとっても周囲の家族にとっても、非常に大きなストレスですし、ことがもめて「訴訟」にまで発展してしまったら、煩雑な手続きや高額な費用に手を焼いてしまいます。
さらに、保険会社との示談交渉には、期限が定められていることも忘れてはいけません。民法724条には、「不法行為による損害賠償の請求権」は、相手方の存在を認知した段階で3年以内に行使しなければ「時効により消滅する」ことが定められています。裁判所を通じての訴訟という、一大事に至る前にぜひ活用してほしいのが「交通事故ADR」という制度です。
「ADR」ってなに?利用するメリットとは
「ADR」とは、英語で「Alternative Dispute Resolution」の略で、日本語では「裁判外紛争解決手続」と呼ばれています。自動車事故のケースで言うと、保険会社との示談交渉がうまくいかない時、裁判所に相談する=調停や訴訟の前にとるべき問題解決手続きの中間段階というイメージです。
事故の当事者となった場合、専門の交通事故ADR機関に相談するところから始まります。そこでは弁護士など法律や交渉ごとの専門家が、法律相談から、示談や和解の斡旋をサポート、「審査請求」と呼ばれる制度を活用して問題解決に至る道筋を示してくれます。この制度のメリットは、裁判に比べて手軽で、しかも迅速な解決が期待できること。費用はなんと、原則として無料です。保険会社のように、公正・中立的な立場から手助けをしてくれます。
たとえば賠償額に関しては、さまざまな事故にまつわる裁判から生まれた判例をもとにした基準に従って計算された過失割合をもとに、適正な金額での示談、和解へと結びつけることができます。その算定に使われるのは、日弁連交通事故センター東京支部から発行されている「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」などの専門書です。表紙が赤いことから通称「赤い本」と呼ばれるこの本は、もともと法曹業務に従事している人々や交通事故関連の専門家が参考にするもの。示談金や損害賠償金の「相場」を、交通事故の損害項目(治療費などを含む積極損害、休業などにまつわる消極損害など)ごとに掲載しています。判例などもまとめられていることから、弁護士らの実務では欠かすことのできない1冊と言えるでしょう。
他にも「青い本」と呼ばれる「交通事故損害額算定基準」や、「民事交通訴訟における過失相殺率等の認定基準」という項によって交通事故をパターン別に分類しそれぞれの過失割合を算定した「別冊判例タイムズ」が資料として使われます。こうした書籍はそれぞれ、公益財団法人 日弁連交通事故相談センターや判例タイムズ社の公式ホームページを介して、通信販売で購入することができます。ただし、たとえば赤い本は1冊2600円(税込・送料無料)、別冊判例タイムズでは5500円(税込)です。
法律的な専門用語が並び、内容は決して平易とは言えないため、自分に合った判例や基準を探し出すために読み解くことは難しいかもしれません。そうした手間暇も、交通事故ADR機関なら専門家にお任せすることが可能なのです。
交通事故ADR機関を使ってできること
交通事故ADR機関が対応してくれるのは、申し立て者(被害者)側からの法律相談から始まり、加害者側の保険会社などとの示談(和解)成立の斡旋、そして最終的には拘束力を伴う場合もある「審査手続」です。
その流れは、たとえば代表的な交通事故ADR機関として知られる「公益財団法人 交通事故紛争処理センター」の場合、次のとおりです。
①電話による予約、相談
②具体的な法律相談および相手方も含めた和解の斡旋
③和解の斡旋が不調と判断された場合、当事者に連絡
④当該通知を受けた日から14日以内に審査申し立てがあった場合、審査会を開催
⑤専門家による審査・裁定(本手続き)
⑥手続きの終了
②の和解の段階で双方が同意に至った場合は、示談書を作成あるいは面責証書が作成され、その内容に沿った和解金が申し立て人に支払われます。
⑥の手続きの終了では、いくつかのパターンがあります。審査会は、当事者からの説明と主張を聞き取り、当事者を抜いた専門家により公正・公平な基準での結論が出されます。それに対して、双方が同意すれば和解金支払いに至ります。申し立て者が同意の意思を示したにも関わらず相手方が同意しなかった場合は、審査会の裁定が尊重されやはり和解が成立することになります。申し立て人もまた、その裁定に不満を覚えたなら、改めて裁判所による調停を望むことも可能です。
交通事故ADR機関にはどんなものがある?
代表的な交通事故ADR機関は次の4団体です。
◎公益財団法人 交通事故紛争処理センター
http://www.jcstad.or.jp
◎公益財団法人 日弁連交通事故相談センター
https://n-tacc.or.jp
◎一般社団法人 日本損害保険協会 そんぽADRセンター
https://www.sonpo.or.jp/about/efforts/adr/index.html
◎一般社団法人 保険オンブズマン
https://www.hoken-ombs.or.jp/
どの団体も、基本的に中立の立場で紛争の解決に当たってくれることは共通していますが、日弁連交通事故相談センター以外は、加害者側が任意保険に加入し、その保険会社が和解の相手方として立つことが必要となります。さらに、その保険会社がそれぞれのADR機関による審査制度や手続き実施について協定や基本契約を結んでいることが必要です。
とくにそんぽADRセンターと保険オンブズマンは、いわゆる保険業法にもとづく指定紛争解決機関という位置付けにあります。業務の趣旨は損害保険会社との間に起きたトラブルや苦情に対応するもので、それに即した和解案の提示が解決支援の中核となっています。
まとめ
無料でスピーディ、安心して利用できる交通事故ADR。しかし、相談を開始できるタイミングや相談を取り扱ってくれる事案内容が指定されている場合もあるので、それぞれの機関の概要をしっかり把握して連絡しましょう。
また、事故にまつわる事実関係の認定に歩み寄りが困難なほどの対立点がある場合には、ADRはオススメできません。あくまでもそれぞれに納得のいく解決を目指す思いをお手伝いしてくれる機関であることを、忘れないように有効活用してくださいね。
※2020年4月1日現在、新型コロナウイルスの感染防止対策措置として、一部ADR機関では対面による相談業務を一時停止しています。
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